『クタドゥグ・ビリグ』の著者であるユースフ・ハース・ハジブとはどのような人物だったのでしょうか。

残念ながら、今のところその一生はあまり詳しくはわかっていません。

ユースフは1019年頃に当時の東部カラ・ハーン朝の主要都市であったベラサグンの古い家柄に生まれました。その後、カシュガルに移り、宮廷で活躍、1070年頃(ヒジュラ歴462年)この『クタドゥグ・ビリグ』を完成させます。そして、ユースフはこの『クタドゥグ・ビリグ』を、統治者であるタブガチュ・ボグラ・ハーンという称号をもつアブー・アリー・ハサン・ビン・スライマーンに献呈するのです。ユースフはその功績によりボグラ・ハーンからハース・ハージブ(御前侍従)の役職を与えられ、ユースフ・ハース・ハージブと呼ばれるようになります。

この『クタドゥグ・ビリグ』の完成時期からわかるように、この作品はユースフが晩年に18カ月を費やし書き下ろした彼の人生の集大成とよべるものでした。彼は後書きの中で、自分自身の人生について嘆き、苦悩、戒めを書き残しています。

6538、わたしもかつて無実のものに手をあげた、
    わたしもかつて根拠なく人を罵倒した。

6542、わたしもかつて欲望のために奔走し、
    狂った狼のように世の中で吠えたこともある。
6543、わたしもかつて力で他人の財産を奪ったことがある、
    わたしは、なんと多くの人を苦しめてきたのだろう。


6561、青春は遠く去った、残りの年月もすぐ終わるだろう、
    人生の歓びは失われ、わたしに前には帰り道が広がる。
6562、この老いぼれた世界はどれほど多くの人を騙したか、
    わたしははぜこんなものに夢中になったのだろう。

中華人民共和国に位置するカシュガルには、現在でもユースフのお墓が残っています。1900平米ある敷地内には、墓地、イスラム寺院、記念塔、接見の間などがあり、コバルトブルーを基調とした美しいイスラム建築となっています。


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ユースフ・ハース・ハージブの墓

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ユースフの棺